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福井舞台の青春小説「2.43 春高編」刊行
作者・壁井ユカコさんインタビュー

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福井を舞台にした小説「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの新刊「春高編」が9月26日、集英社(東京都千代田区)から出版された。

「2.43」は、夫が福井出身という壁井ユカコさん(東京都在住)が手掛ける青春小説。架空の「福井県立七符清陰高校」男子バレーボール部を舞台に、卓越した身体能力を持ちながら極度のあがり症の黒羽祐仁(ゆに)、圧倒的な才能と情熱ゆえに周囲との摩擦を引き起こす灰島公誓(きみちか)の「ユニチカ」コンビを軸に物語を展開する。

春高バレー(=全日本バレーボール高等学校選手権大会)初出場を果たした同部の戦いぶりを活写する春高編。出版に合わせ福井での書店あいさつなどを行った壁井さんに執筆時のエピソードを聞いた。

(取材・文・撮影:福井経済新聞編集部)

カメラアングルはあちこち変えました 変えてない箇所が無いくらいに

-春高編の刊行おめでとうございます。全国大会が舞台ということで、福岡代表・箕宿(みぼし)高校、東京代表・景星学園などシリーズ初登場の高校が出てきます。試合の描写の流れを止めずに、各高校のサイドストーリーを絡めるのに苦労されたのでは。

壁井 かなり苦労しました(笑)。箕宿がメインになる第2話では、第1稿を書いてから回想シーンと試合シーンの前後をごっそり入れ替えたり、第3話の景星の話は当初あまり回想シーンを入れていなかったので、第1稿を上げた後ですごく加筆したりして…。

-回想シーンと試合シーンのバランスをどのように取っていきましたか。

壁井 試合の流れを止めちゃいけないという基本軸はあるんですが、書き上げてみると対戦校に感情移入してもらえる情報が足りないなと感じることもあって。順番を変えてみたり加筆したりを繰り返しました。バランスも試行錯誤しながらで、なかなかプロット通りにはいかなかったです(笑)。

-「(集英社文芸ウェブサイトの)RENZABURO」連載時は締め切りのサイクルというのがあったのですか。

壁井 サイトは原則として毎週更新なんですが、進め方としては大きなまとまりの1話単位で書き上げた後、担当編集者さんと打ち合わせして推敲(すいこう)を重ねて完成させて、著者校正まで終えたものを毎週1節ずつ分割して公開するという流れで進めていきました。担当さんから「連載がある時はサイトのアクセス数が跳ね上がった」という話も聞いて、ありがたい話だと思いました。

-対戦校を生き生きと描く一方で、福井でのライバル校「福蜂工業高校」男子バレーボール部エースの三村統(すばる)が登場するシーンもありました。ファンサービスとしての意味合いもあったのでしょうか。

壁井 そんな思いもありました(笑)。すごく魅力的な人物ですし、彼が登場する「空への助走 福蜂工業高校運動部」というスピンオフ作品も書いたので、主人公級の存在感があるんです。

-春高編は、ユニチカや三村だけでなく登場人物全てが主人公級ですね。

壁井 新キャラも主人公たるように、という物語になるように気を配りました。新キャラといってもこれまでのライバルとは違う立ち位置でないといけないですし…。今回、違うチーム(=箕宿、景星)で2人の新キャラを出しましたが、2人は戦友同士という関係でもある。チームが違うと試合中に一緒にコートで戦うという描写が無いので、2人のつながりの見せ方には試行錯誤しましたね。

-三人称文体で展開していく「2.43」について、壁井さんは別のインタビューで「カメラの位置によって書けることが全く違う」というようなことを話していらっしゃいますね。

壁井 カメラアングルはあちこち変えました。変えてない箇所が無いくらいに。例えば、第1話の終盤は三村の視点が入ってくるんですけど、当初はそこ以外全て黒羽の視点で書いていたんですね。でも、真ん中あたり長いスパンで(七符清陰高校男子バレーボール部キャプテン)小田の視点に変えたんです。黒羽から小田の視点に書き換えて…。

-改稿に最も時間を掛けたのはどのエピソードでしたか。

壁井 第3話…ですね。半年以上掛かりました。第6稿まで書いて。

-書き上げるごとに担当編集者さんとミーティングしながら改稿していったんですよね。

壁井 担当さんから「ちょっと引っかかる箇所がある」というようなことを言われた時に、「何が原因なんだろう」って話し合いながら、「もしかしたら、引っかかっている箇所の直接的な描写が足りないんじゃなくて、ほかに原因があるんじゃないか」というようなやりとりもしたり…。

-指摘を受けた箇所ではなくて、ページ的にかなり離れた箇所を書き換えたと。

壁井 直接的には関わっていない所を大幅に直したら、もともと引っかかっていた箇所が気にならなくなったこともありました。

-全体的な構造を把握しながら執筆されて、編集者的な視点も持っている作家さんだと感じます。

壁井 編集者…というより読者視点を持つように心掛けています。読者が何を読むとうれしいのだろうとか、どうやったら感情移入してもらえるだろうとか。

-かといって、読者におもねった構成にはならないようにバランスを見極めながら進めていくと…。

壁井 そうですね。書きたいストーリーの流れがあって、それを読者により喜んでもらえるにはどうしたらいいかと常に考えています。

福井市内の書店「SuperKaBoS 新二の宮店」(福井市二の宮5)で、書店員手作りの店頭ディスプレーに見入る壁井さん

部活としてバレーボールに熱中している人たちも置いてきぼりにしたくなかった

-カメラアングルといえば、「2.43」ポータルサイトに掲載のショートストーリーも読みました。ボールの視点から描いた作品で、(広島市にあるボールメーカー)ミカサがコミケ(=コミックマーケット)で配布した「ミカサの薄い本」に寄稿されたんですよね。ストーリーについて何かオーダーはあったのでしょうか。

壁井 オーダーは特に無かったですね。何でもいいですって言っていただけているので。ただ、ミカサさんの冊子に掲載していただくために書くのでボールは出したいなと。ボールを出す方法が無いかな…って考えて。だけど、「2.43」作中の年度って男子の使用球がもう1社の大手メーカーさんで…

-ああ…(同市にあるボールメーカー)モルテンだった。

壁井 国内のバレーボールの公式球は1年ごとにミカサとモルテンが男女で交代する仕組みになっているんです。なので作中の年度の前年と翌年の男子の使用球はミカサさんだから…ということであの話を思いつきました。セカンドシーズン(代表決定戦編)の単行本が出た頃に、読者の方がツイッターでミカサさんに「こんなバレーボール小説がありますよ」と紹介してくださったのがきっかけで、「バレー小説応援します」と言ってくださって、コラボレーションも実現して、という。ツイッターの縁で幸せな展開に発展しました。

-春高編に話を戻すと、春高期間限定のマネジャーとして登場する(同高女子バレーボール部の)末森荊(いばら)が印象に残りました。プレーヤーでもなく監督でもなく、俯瞰(ふかん)的な「鳥の目」でチームを見ている存在だと。過去の「2.43」でも出てきたキャラクターですが、春高限定のマネジャーとして登場させた狙いは何でしょう。

壁井 代表決定戦編まで出ているキャラなので、春高編でも出したい思いはありました。でも女子バレー部ですし、男子バレーメインのストーリーになっていく中で、春高の盛り上がりに恋愛エピソードを無理に入れるのは難しいかなと。

-そこで春高限定のマネジャーという秘策に出た。

壁井 マネジャーにするに当たってリアリティーに無理が無いか、福井県の高体連の先生に「これって可能ですか?」って相談して(笑)。大会要項のすき間を突いてマネジャーができるということが分かって。

-裏付けを取って書かれたわけですね。今までにバレーボールの取材を重ねる中で、実際に春高限定マネジャーという事例はあったのでしょうか。

壁井 実際にあったから思い付いたわけじゃなくて、物語の発想から実現できるかどうかを探ったら幸いにも実現できたんです。(同校男子バレーボール部副キャプテン)青木の策略ということにして(笑)。荊がいてくれたからこそ書けたシーンもありますし。

-荊の「ここで戦っている高校生はわたしたちの延長線上にいるんやって……別の次元なんかやないって、感じられた」という言葉が刺さりました。あれは、取材を通して耳にしたリアルな声だったりするのでしょうか。

壁井 選手から実際に聞いた声ではないですが、取材で県大会を見に行くこともあったので、全国大会に出場できない選手たちの姿も描きたいという思いはありました。その思いの中で拾い上げたひとコマです。

-高校バレーとの向き合い方にはいろいろな形があるというわけですね。

壁井 春高編は全国トップレベルの高校の話ですが、部活としてバレーボールに熱中している人たちも置いてきぼりにしたくなかった思いがあります。トップでやっている選手たちはもちろんすごいんだけど、全国大会に届かない選手たちにできないバレーボールをやっているわけではないし、特別な力で飛び越えていったわけではないと伝えたかったんです。

福井駅西の勝木書店本店(中央1)で。店頭ディスプレー制作の基になったゲラを見ながら作品談義に花を咲かせる

小説だけではない、福井のバレーボール界の頑張りを全国の人たちに知ってほしい

-春高編は未来を予感させるエンディングでした。七符清陰高校が春高出場を果たしたことで、(2019年からの連載が決まった)第4シーズンでは福井が物語の舞台からだんだん離れてしまうのではという心配もあります。

壁井 …ふふふ、そうですね。確かに否めないです(笑)。でも、第4シーズンのプロットでも彼らが帰ってくる場所として福井のことを書く予定はあります。「福井が根っこである」という軸は保ったままで。三村や黒羽には引き続き福井弁をしゃべってもらって、あまり方言が抜けないようにもするつもりです。

-「2.43」は(集英社コミック誌「ココハナ」で)コミカライズも始まり、そろそろ映画やドラマなど映像化に展開してもいいんじゃない?という期待も膨らみます。映像化するとしてユニチカを演じてほしいと考えている俳優さんがいれば。

壁井 えっ…(笑)、当て書きしているわけじゃないので難しいですね。実写化の夢はありますが、背の高い役者さんをそろえるのも大変そう。セカンドシーズンの単行本に推薦文をくださった俳優の坂口健太郎さんはバレー部ご出身なので、もし実写化したら坂口さんに出演してもらいたい! 誰役がいいでしょうね、と担当さんと妄想を膨らませたことはあります(笑)。「やっていただけるなら誰役でもだいたい合いそうですよね。でも身長的に小田だけは違うかな」って(笑)。

-小田、かわいそう(笑)。小田の熱さはぜひ実写で見てみたいですが。

壁井 最初の連載が始まって6年くらいたち、応援してくださる方がじわじわと増えてきているのを実感しています。読者や書店さんだけでなく、ボールメーカーさん、バレーボールのプレーや戦術について助言をくださる専門家など、長く続けてきたおかげでいろいろなつながりができて。

-シリーズ連載開始後の2016年、福井市出身の中垣内祐一さんが全日本男子バレーボールチームの監督に就任されました。これも何かの縁でしょうか。

壁井 中垣内監督が福井出身というのはもともと知っていましたし、今はけがで療養中の(パナソニックパンサーズの)清水邦広選手、北京五輪出場の立て役者だった(サントリーサンバーズの)荻野正二監督など、福井出身のバレーボール選手が多いことも意識して「2.43」を書き始めた経緯があります。そうこうするうち、中垣内さんが監督になって「福井、来たな」って(笑)。去年はインターハイで女子がベスト4、中学のJOC(=全国都道府県対抗中学大会)で男子が優勝といった活躍もありましたし、小説だけではない、福井のバレーボール界の頑張りを全国の人たちに知ってほしいなと思います。

「2.43 清陰高校男子バレー部 春高編」
四六判、456ページ
1,700円(税別)

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