福井県坂井市にあるショッピングセンター「アル・プラザ アミ」(坂井市春江町)の「お買い物アイドル」として活動する「アミーガス」。グループは12月、同市内のホテルで結成9周年の記念ライブを行う。
ライブを機に、リーダーの「ゆりな」さんがグループを卒業する。ゆりなさんの在籍年数は約8年半で、北陸を拠点に活動するアイドルの中でも最長。卒業を間近に控えた現在の心境を聞いた。
(取材・文:福井経済新聞編集部)
-(10月18日、福井県あわら市で行われた)「AWARA POP MUSIC PARK」での卒業発表は衝撃的でした。
ゆりな あの日は私よりメンバーの方が朝からソワソワしていましたね。周りがソワソワしていた分、私はどちらかと言うとスッキリした気持ちで発表に臨めたかな。
-卒業発表後に(レパートリーの)「君がいる景色」を歌うという、泣かせるセットリストでしたね。
ゆりな コアなファンの方からも同じことを言われたので、すごくうれしいです。「君がいる景色」は以前に出したアルバムのタイトルになっているくらい思い入れがある曲なので、「ここで歌うしかないでしょ」と。セトリ(セットリスト)を決める時にそう言いました。
地方で活動している私たちにしか歌えない曲だし、いろんな場所で歌ってきたので、ふるさとでも歌わないとな、と思ったんです。
-卒業を決めたのはいつごろだったんですか?
ゆりな 実はだいぶん前から悩んでいて…その度に引き留められているような気がしていました。自分で勝手にそういう気になっていただけですけど。「ここでやめたらだめだな」と踏みとどまってはいたんです。必要としてくれているファンの人がいるうちはだめだなと。
その気持ちは今も変わらないんですけど、もう少し自分のことを考えてもいいのかなと、最近考えるようになって…。私のファンの人たちはやさしい人ばかりなので、きっと許してくれるかなって思ったんです。
18歳という節目の年でもあるので、普通の女の子として社会に出られるようにと言いますか(笑)。「一歩新しいステージへ」という気持ちもありました。
高校生活のラスト1年で自分が本当にやりたいことは何かと見極めたり、その先の将来のことを考えないといけなかったり…。自分で「真面目」と言うのも変ですけど、真面目すぎるゆえなのか親にもいっぱい心配を掛けてきたので、「ちゃんと私にもできるんだぞ」というところを、この1年で見せられたらと思っています。
-アミーガスに入ったのは何歳の時だったんですか?
ゆりな 小学4年生の4月なので9歳です。
-9歳! (現メンバー最年少の)「みお」さんも随分早いと思っていたんですが、それよりずっと早い。
ゆりな まだこの記録は塗り替えられてないんですよ。アミーガスに入れるのは10歳からなんですけど、誕生日まであと1カ月という時期だったので、「『今年10歳』と書いて応募しちゃえ」って応募しちゃいました(笑)。
-その時、アミーガス自体は活動を始めていたんですか?
ゆりな アミーガス自体は結成から半年くらいたっていて、私の入ったころがアイドルとして活動を始めるタイミングでした。
-他のメンバーみたいに(アミの店内で行っている)チャレンジライブがきっかけではなかったんですね。
ゆりな そうですね。私はアミーガスについて全く知らなかったんですけど、お母さんは知っていたみたいで。「いいんじゃない?」みたいなノリだったので、「やったー」ってパソコンをポチポチ操作して応募しました。
-お母さんも乗り気でした?
ゆりな 結構乗り気でした。楽観的なんですよね。放任と言うか、「何でもやっていいよ」って。子どもがやりたいことを止めずに何でもやらせてくれるんです。
友達と一緒に3人で応募したんですけど、残り2人は家の事情とか面接の時点でやめちゃったんですよね。私はやめる理由も無いし、アイドルも好きだし、とりあえずやってみようという感じでした。で、始めたら8年もやっていたという(笑)。
-当時はグループ最年少で緊張しっぱなしだったでしょう? お姉さんがいっぱいで。
ゆりな そうですね。今こそ小学生や中学生のメンバーもいますけど、当時は高校生か社会人ばかりで。グループもできて間もないころだったので、お姉さんたちもすごく必死で。正直、私に構ってくれる時間があまり無かったんじゃないかなと思うんです。練習でも隅っこにいる感じで。
-それでもずっと活動し続けられたのは、アミーガスが居心地のいい空間だったからでしょうか。
ゆりな …時と場合によりますね(笑)。「今日は行きたくないな」っていう時もありましたよ。でも何だかんだで行っちゃうんですよね。「ここで行かなかったら負けじゃない?」みたいな謎の負けず嫌いがあって。体調を崩さない限りは学校もちゃんと行きました。
-取材前に「ゆりなさん、こういう心境でアイドル活動をしてきたんだろうなぁ」と思いながら、「ワタシアイドル」や「アイドルなんてなっちゃダメ! ゼッタイ!」を改めて聴いたのですが、やっぱりいい曲だなと思いましたよ。
ゆりな それ、(プロデューサー・マネジャーの)森永さんに言ってあげてください(笑)。
-歌詞のような気持ちでストイックに活動してました? 「愛とか恋とかおあずけ」というフレーズがあったりもするでしょう。
ゆりな アイドル活動優先で友達と遊べないじゃないですか。小学生のころは「みんな(近くの児童科学館の)エンゼルランドに行ってるのに、私はここでライブしてるのか…」と思うこともあって。だけど、やっぱりアイドルが好きだし頑張ろうって気持ちで続けてきました。
-活動初期から在籍しているということは、森永さんが作った曲を全部網羅しているということですよね。リアルタイムで。
ゆりな デビュー曲の「アミで会いましょう」以外はデモから聴いています。最初のころは持ち曲が1曲だけでしたし、すごく必死に覚えた記憶があるので、「アミで会いましょう」には思い入れがありますね。
グループの一員だから、自分にとってのオリジナル曲という風に考えるとすごくうれしくて。前奏を覚えただけで、おばあちゃんに「覚えたんやで!」って見せに行ったりして。
-小学生のころを想像させるほのぼのした話ですね。アミーガスの楽曲で3曲選ぶとしたら何を挙げますか?
ゆりな 3曲! 難しいですね(笑)。「アミで会いましょう」「君がいる景色」、それから「ごめんね。ありがとう。」ですね。
「ごめんね。ありがとう。」は今年3月に発売されたアルバムタイトル曲で、ファンの方にというよりも、自分たちの家族に向けての曲ですね。私がこうやって活動できているのも家族のおかげなので、その気持ちを伝えられる曲というのを作ってもらえて、「この曲は大事にしないといけないな」と思ったのを覚えています。
-3月といえばコロナ禍で活動がなかなかできない時期でしたよね。メンバーとリアルに会えない状態で、どんな活動をしていたんですか?
ゆりな ライブ配信をほぼ当番制で回していたり、自分にとって課題になっている曲を練習したりしていました。すごくプライベートな話をすると、3月に「あつ森(=あつまれ どうぶつの森)」が発売されたので、それをしていたり(笑)。
-8年以上活動を続けてきても、課題はあったんですね。
ゆりな 「ここをこうしたらきれいに見えるだろうな」とか、「ここをもうちょっと変えられないかな」とか、自分を撮ってもらった動画を見ながら研究していました。
-ひとり反省会ですね。
ゆりな ちょっと前までは「ひとり反省会」でネガティブになったりしていたんですけれども、リーダーになってからは「この子はこういう動きをしたほうがいいかな」みたいな感じで、広い目で見られるようになりました。自分のことでネガティブになるようなことは減った気がします。
-何代目のリーダーでしたっけ?
ゆりな 5代目です。アミーガスは歴代リーダーのうち4人がいるというグループで。
-キャリア的に、いずれ自分にリーダーの指名がかかるだろうなという予感はしていましたか?
ゆりな してましたけど、全力で拒否してたんですよ(笑)。「いや、無理です」って。
-(前リーダーの)「みゆう」さんがリーダーになった時、「次は私だ」と思ってたりしてませんでした?
ゆりな 全然思ってなかったですよ。それまでグループにいると思ってなかったので(笑)。それと、自己肯定感が低いんですよね、私。だから「自分には無理だ」って、ずっと思っていたんですけど、森永さんから「次はゆりながやる番だ」と何回も説得されて、「やるしかない」って気持ちになりましたね。
-どこで切り替えのスイッチが入ったんでしょう?
ゆりな みゆう、私、森永さんの3人で車で帰ることがあって、その時にみゆうが「ゆりなちゃんにだったら譲ってもいいと思ってる」って言ってくれたんです。みゆうもそう言ってくれたし、「私がやらずに誰がやる」ってなったんですけど、最初はめちゃくちゃきつくて…。
-今だから明かせる当時の悩みってあります?
ゆりな リーダーって何をするのか分からなすぎて…。最初の2カ月ぐらいは練習行く前にずっと泣いてたんですよ。
みゆうという存在があまりにも大きすぎて、その次に私が行っていったい何ができるんだろうっていう不安がありました。
-ファンの方は、すごく温かく見守ってくれていたと思うのですが。
ゆりな 「やっとゆりなの時代が来た」とか、「小さかったゆりながついに」みたいな感じで言ってくれた人が多かったです。リーダーになって久々に会いに来てくれた人が、「昔見てた俺だよ、覚えてる?」って言ってくれたりもしました。みんな待っていてくれたんだなって思って。
-リーダーになって何が一番変わりました?
ゆりな 自分に自信がついたことですね。「自分ってこういうことができるんだ」ということに気付ける場面が多くなって。メンバーとスタッフさんのつなぎ役になったり、ライブなどの場で的確に冷静に判断できたり…。
リーダーって仕事が結構多いので、新しいことにチャレンジしていく中で自信がつき始めたというのが一番変わったところだなと思います。
-具体的にリーダーってどんな仕事をするのですか? 少し例を挙げてもらえれば。
ゆりな ライブ当日の片付けなどの割り振りをしたり、当日までの準備物の割り振りをしたりします。自分たちには先生がいないので、練習の進行も主にリーダーがやります。振り付けもリーダーが中心になって作りますね。
-リーダーになってからの期間も含め、活動を振り返って一番忘れられない景色は何でしょう?
ゆりな 最初に遠征に行けた時にすごくうれしかったのを覚えてます。金沢駅のイベントスペースでした。当時は小学生で、お姉さんたちについて遠征に行くことがなかなかできなくて。初めて外でライブをできたのも入ってから1年後くらいだったんです。「どうして自分は出られないのかな」と思っていたので、初めて県外に行けた時にはずっとワクワクしてましたね。
-小学生だと金沢に行くというだけでワクワクしますからね。
ゆりな そのイベントって結構大きいイベントだったんですよ。アミよりもたくさんお客さんが来てくださって、「えーすごい! 本当にアイドルだ」って思って(笑)。
-まさに「ワタシアイドル」(笑)。
ゆりな 実はその場所で、卒業前の11月29日にライブをやるんです。私が初めて遠征した場所が、最後の遠征先になるということに最近気付いて…。
-そのことを分かっていて森永さんがブッキングしたのでは。
ゆりな 何かの縁ですよね。
-さて、9周年ライブの話を聞かせてください。開催に当たり「動員100人」という目標を掲げました。
ゆりな 内々で「50人、60人を目標にしたいね」というのはあったんですけど、堂々と「100人」と発表したことはなくて。本当にどうなるかドキドキなんですけれども、言ってしまったからにはやるしかないので、達成できるように頑張るしかないと思っています。
(注:取材後、目標を達成しチケットは完売に)
-今回の会場は大きいんでしょう?
ゆりな 私も写真でしか見ていないんですけど、本当に広いホールで。立派なステージもあって、シャンデリアもあったりして。
ソーシャルディスタンスのために定員100人としてるんですけども、もともとは200人ぐらい入る会場らしくて。私たちがいつもやっているのはアットホームな感じのライブハウスなので、会場も違うしお客さんもいっぱいだし、ということを考えるとソワソワドキドキしちゃいます。
-これから1カ月くらい、チケット販売のためのプロモーションとしてどんなことを考えていますか?
ゆりな 私は、今までのアミーガスの曲を1人で全曲歌う生配信をしたり、これまでの衣装を全部着てみる投稿をやってみようかと思っています。
-身長が大きくなっているのに、小学生のころの衣装って着られるんですか?
ゆりな 小学生だからと言って特別小さい衣装を渡されたというわけではなくて、大人と同じサイズのものをお母さんが手縫いで小さくしてくれたりしたんです。おなかのあたりをキュッと絞ってギリギリ着られていた衣装も、今は糸を切って大人サイズで着られるようになったり。今の写真と当時の写真を比較して投稿していこうかなと思っています。
『今までの衣装全部着てみた』
— ゆりな?アミーガス (@AmigasYurina) November 14, 2020
~2日目~(2013.2)
ギンガムチェックワンピース
ちゃんとしたマイクを持たせてもらえてますね(泣)(音は入ってない)
この衣装もお母さんが手縫いでなんとかいい感じの丈でワンピースっぽく着れてます。#アミーガス9周年記念ライブ#アミーガス動員100人チャレンジ pic.twitter.com/4OHDB8LyJh
-ゆりなファンが萌(も)えちゃいそう(笑)。
ゆりな ははは(笑)。本当ですか!
-そう言えば、取材前にゆりなさんのツイッターをさかのぼって初ツイートを見てみたんですよ。
ゆりな すごい! すごくさかのぼりましたね。
-ツイッターは2年前の6月からでしたよね。そこからたどっていってしばらくしたところで、髪の毛を編んでいる写真をアップされていましたね。
はい、編んでました。無くなりましたけど(笑)。
-実はそのことで気になっていたことがあったんです。先日、髪を切った写真と一緒に「迷いがあった」というようなツイートを投稿されていましたよね。
ゆりな 卒業するとは言ったものの、ずっとモヤモヤしていたんです。みんな「(卒業する私を)応援するよ」とは言ってくれたんですけど、自分の中にずっとあったアミーガスが無くなっちゃうことが悲しいのか、嫌なのか、それとも新しい気持ちになれるチャンスでうれしいのか分からなくて…。それでモヤモヤしていて。
発表した日からそれが続いていたので、ふと思い立って、「そうだ、髪切ろう」ってパッと切っちゃった。切った髪の毛を持って帰ってきたのを見たらスッキリしたんです。モヤモヤしていていた気持ちを、髪の毛と一緒にバイバイしたみたいな感じですね。
-卒業を発表しても、何か引っ掛かるようなことがあったのでしょうか。
ゆりな 卒業しちゃうけど大丈夫なのかなって…。グループのことも心配だし、「ゆりな応援してるよ」ってずっと言ってくれていた方のことを思い出したりもして、「本当にいいのかなあ」って発表した日に不安になってきちゃって。どうしよう、どうしようと思ってたんですけど…。
-これで他界されちゃったりしたら(笑)。
ゆりな (笑)。それと、私が卒業を発表した時にメンバーが泣いてくれたんですよね。それを見て、「やっちゃった」って思って…。女の子の泣き顔に弱いんですよ。それもモヤモヤした気持ちが続いていた理由の一つですね。
-あの時は年上のメンバーを泣かせちゃいましたからね。「ゆーたん」も泣かせてしまって…。
ゆりな そうなんですよ。ゆーたんとみゆうが真っ先に泣いちゃって、そこから年下のみおちゃんとかが泣いちゃって、どうしようってなったんですけど…。髪の毛を切ったらスッキリしました。
-髪に色も入れて。
ゆりな バッチリ入れて(笑)。
-では最後に、スッキリした気持ちで臨む最後の大仕事の意気込みと、ファンの方への感謝のメッセージをお願いします。
ゆりな 「アミーガスが9年間でこんなに大きくなったんだぞ」ということをたくさんの方に見ていただけたらいいなと思っています。私が8年間、青春全てをつぎ込んだアイドルとしての最後の姿もみんなに見届けてほしいです。
ファンの方には…いろいろ思い出しちゃうな…。ファンの方がいてこその「アミーガスのゆりな」だったので、ファンの方に寂しい思いをさせてしまっているのかなと思うと心苦しい気持ちはあります。
ゆりなの新しい一歩だと思って背中を押していただければ、私もスッキリした気持ちで新たな一歩を踏み出せると思うので、ぜひ応援してほしいです。
最後の最後は多分メンバー全員泣いてると思うので、みんなで一緒に泣きましょう。それまではちょっと我慢していてほしいかな。
-卒業後、アイドルとはどういう距離感でお付き合いをしていきたいと思いますか?
ゆりな 今までと変わらずオタクもするだろうし(笑)、寂しくなったらコソッと練習を見に行くかもしれないですね。
グループからスパッと離れられたらいいんですけど、8年半もいたのですぐにはできないかな。アミーガスのライブを見に行ったり、時々メンバーと遊んだりできたらいいなって。グループはいったん卒業するけど、みんなとの時間というのは大切なものなので、その時間はこれからも守っていけたらなと思います。
12月13日14時~
「ゆりな卒業&アミーガス9周年ライブ」
※チケットは完売
ライブ配信については公式サイトで案内
12月13日発売
ミニアルバム「はなれていても」
2,000円
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■アミーガス公式サイト